2016年末のSMAP解散。特にファンではなかった私にさえ、かなりの衝撃を与えた。
「始まりがあれば終わりがある」
当たり前といえば当たり前だが、そんな当たり前のことを忘れさせるくらい彼らは日常の中に溶け込んでいた。ファンならばなおさらであろう。
その後も芸能界では「メンバー脱退」「逮捕」「逝去」「解散」「活動休止」などのショッキングな一報が飛び込んできた。その度に無常を感じ、こう思うのだ。
「推しは推せるときに推せ」と。
活動していることが当たり前のように見えるけど、いつ突然どんな形でその活動が絶たれてしまうかわからない。そんな不安を潜在意識下で抱きつつも、私は今日も推しを応援している。
ヲタクの定年
この辺りの話題を旦那と話していたときに訊かれたことがある。
「みるくさんは、ヲタク(及びヲタ活)をいつまで続けるつもりなの?」
衝撃的な質問だった。
非ヲタの旦那による素朴な疑問であり他意はないのだが、この質問は返答に窮した。
そもそも「ヲタクを続ける/やめる」という概念が私の中になかったのだ。
ヲタクに定年はない…と思う
「ヲタク」の定義は人それぞれだと思うが、少なくとも私はセーラームーンやV6に出会った小学校時代から今に至るまでずっとヲタクだと自覚している。
そして今のところ、彼らを好きな気持ちはこの先も変わらないし、○歳になったからヲタ活やめようという気もない。その時々でできることを無理なくやればいい。
ヲタクに定年はないと思う。それにどんなヲタ活をするかも皆自由だ。CDを全形態買わなかったから、ライブ遠征しなかったからといってヲタク間で優劣がつくわけではない。応援の仕方は人それぞれだ。
だから旦那の質問に対しては「自分が死ぬまで続ける」が現状の回答になる。
推しが活動をやめたらどうなるのか
しかしながら、冒頭でも書いたようにこの先何が起こるかわからない。
推しが突然何らかの理由で活動をやめてしまうかもしれない。もしくは何かショッキングな出来事をきっかけに、突然推しへの情熱が冷めてしまうかもしれない。
万が一、億が一で「その時」がもし来た場合、私はどうするだろうか。今の状況では想像もつかない。余程のことがなければいわゆる「担降り」はしないと思うが、心の支えが欠けることになるのでダメージはそれなりに大きいだろう。
自身が死んだらどうなるのか
現状「死ぬまでヲタクを続ける」つもりでいるが、では実際死んでしまったらどうなるのか。
推しもだが、私自身もまた、いつ突然活動できなくなるかはわからない。
気づいたらアラフォーと呼ばれる世代になっている。親になり、家族が増えた。あまり考えたくないが、いつか来る「終わり」をうっすら意識し始める。
これまで集めてきたグッズ、もし私が突然この世を去ったら私の心を支えてきたこれらのモノたちはどうなるのだろう。
ヲタクの終活
生前にヲタクをやめる場合も、死ぬまでヲタクでいる場合も、これまでに残したモノたちの行く末をいつかは考えねばならない。
コレクションの行く末
私の場合、物理的に一番多いのが大小様々なグッズである。5畳の自室はコレクションルームとなっており、中には10万を超える品(複製原画とか)もあったりする。
書籍や円盤などは売りやすいだろうが、その他のグッズは物によりけりな気もする。できれば同志の手に渡ってくれたら嬉しい。
ヲタクの終活サービスとして、「まんだらけ」の生前見積が話題になった。
生きているうちに、自身のコレクションの見積査定をしてくれるサービス。資産価値がわかれば、家族に貴重なモノを不意に捨てられずに済む。
なんとなく、まんだらけの取り扱うコレクション的に自分よりもっと上の世代向けな気もしているが、いつかはこういうサービスも利用してみたいとも思う。
データの行く末
ここでいうデータとはパソコンやBlu-rayレコーダーのHDD、及び焼いた円盤だったり、スプレッドシートやEvernoteに残したヲタ活記録・調査データなどを指す。
この辺はもう、死んだらオシャカで諦めもつく。元々自己満でやっていることだし、生きているからこそ楽しめることだ。これまでに焼いてきたDVDやBlu-rayは、欲しい同志がいたら譲るくらいか。
アカウントの行く末
死んだらSNSやブログなどのアカウントはそのまま放置になるだろう。特にInstagramはヲタ活記録用のアカウントなので、そのまま残していても個人的には特に問題はない(乗っ取りとかは嫌だけど)。
FacebookやInstagramは追悼アカウント化という方法もあるらしいが、現状SNSで家族と誰一人繋がってないので難しそうな気もする。
あと、このブログもヲタ活記録みたいなものなのでネット上に残ることは構わないが、それよりも独自ドメイン契約とか広告収入の受取先のことが少し気がかりだったりする。ちょうどその辺りが書かれている記事があった。
そんなわけで
とりとめのない話になってしまったが、あらためて思ったことは以下。
- 推しは推せるときに推そう
- 私はたぶん死ぬまでヲタクかもしれない
- そろそろ終活についても考え始めよう