娘は3歳になり、身体的・言語的・情緒的発達が見られるようになった。
昨年よりもたくさんの単語・言い回しを覚え、いつの間にか身に着けた駆け引き・おねだりといったテクニックをを巧みに使い、自分の思いを表現して大人との意思疎通が割とできるレベルになろうとしている。
体は小さいけれどもう乳児ではない幼児、1人の「子供」として、我が家の立派な一員になっている。
なので少し、「もう赤ちゃんじゃない」娘に求めるレベルが前よりも高くなってしまう。
カプセルトイ連続紛失事件
少し前、こんなことがあった。
買ったばかりのカプセルトイを、帰路に着く前に紛失したのだ。それも3回連続で。
1回目・2回目
1回目と2回目は旦那と娘が遊びに行ったとき。
家電量販店でプリキュアのカプセルトイを買ってもらい喜んでいたが、店内を巡り歩くうちに失くしてしまった。
で、もう一度買って(たまたま同じ物が出たw)事なきを得たはずだったが、帰り道のどこかで紛失。。
私は最初この話を旦那から聞いたとき、「旦那がちゃんと管理しとけばよかったのに」と思った。
日ごろから私は、すぐ失くしそうな小さなおもちゃはみつける度にそっとおもちゃ箱へ戻すようにしていた*1。なので、ましてや外出先で紛失なんてありえない!私ならちゃんとやる!という謎の自信が多少なりともあった。
3回目
別の日、今度は家族全員で出かけていたときのこと。
やはり家電量販店で指輪のカプセルトイ*2を買い、たまたま目当ての物が出たので娘は喜び、さっそくつけて歩いていた。
不安すぎるので、指輪をしている方の手をつないだり、外したらすぐファスナー付のカバンに入れたり、とにかく紛失だけはするまいと常に目を光らせていた。
帰り、電車のボックスシートに娘と横並びで座っていたら、いつの間にかカバンから指輪を出して遊んでいたのだ。
ただ普通に指にはめて「きれい~!」と眺めていたから、まぁそれくらいはいいだろうと思った(今思えば少し油断していた)。
そしてたまたま、私・旦那が娘を視界に入れていなかった一瞬の間に、娘はなぜか窓側のひじ掛けから指輪を滑らせた。よりによって、座っていた席のひじ掛けの真下には謎の箱*3が取り付けられており、指輪はそこに入って取れなくなってしまった。。
がっかりし涙する娘に、私は親としてなのか、コレクターとしてなのか、言いようのない怒りがこみ上げてきた。
さすがに声を荒げることはしなかったけど、失望と後悔といろいろな感情が入り乱れた。
指輪を再びカバンにしまわせていれば、
私や旦那がウトウトして*4娘から目を離さなければ、
そもそもあの席に座っていなければ…、
されどもまだ3歳なのだ
色々できるようになっていたから、求めるハードルが無意識に高くなっていたのかもしれない。
カプセルトイ連続紛失事件は、「ものを責任持って大切にすること」「買った親たちの悲しさも理解すること」を3歳児に求めるのはまだ早かったのだろうか?と思い悩む一幕だった。
200円だしよく行く場所にあるから買い直そうと思えばできるけど、そういうことじゃない。
— 鮭走者みるく 👧7歳👶2歳 (@3865oiseau_bleu) 2018年4月7日
自分の持ち物は責任持って管理できるようになってほしいし、何よりモノを大切にしてほしい。。3歳児にはまだ求めるのは早いのかなぁ。