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ヲタクなワーママのゆるゆる雑記ブログ

インフルエンザ罹患中のワンオペ育児で壊れかけた話

これは2017年(長女2歳)当時の記録をもとに再構成した記事です。

今でも時々思い出す苦い記憶があります。

日頃から旦那とは二人三脚で育児していますが、「インフルエンザ罹患中のワンオペ育児」を強いられたときの心のわだかまりは今だに成仏していません。

あれから5年経ち子供ももう一人増えたのですが、このことは今でも「育児で一番辛かったことランキング」不動の1位です。

あのとき、朦朧とする意識の中で2歳児を前に壊れかけた、そんな話をします。

2歳娘のインフルエンザ

育休復帰から約1年。2017年1月6日(金)の夕方、保育園から40度の熱があると電話が入ります。

突然の高熱ということで嫌な予感は的中し、翌朝の検査でインフルエンザA型。3連休を挟みますが、しばらく登園停止になってしまいました。

処方されたタミフルが効き、1月8日(日)にはそこそこ元気が出てきた娘。ホッとしたのもつかの間、今度は私が突然熱っぽさを感じ始めたのです。熱を測ると38度以上…1月9日(月祝)の夜のことでした。

ありゃ、なんだこりゃと思っているうちにどんどん熱くなり、寝る頃には39度超え。手足が寒い。関節が痛い。これまで一度もインフルエンザにかかったことがなかった私ですが、きっと娘のがうつったな…と確信しました。

家でもマスクで生活し、こまめに手洗い・うがいをし、オムツ替えは使い捨て手袋を使うなど、感染にはことさら気をつけていたつもりでした。でも清潔観念ゼロの2歳児を前にして、それは無力だったことを思い知らされるのでした。

地獄のワンオペ育児

1月10日(火)は登園停止中のため在宅勤務を取るつもりでしたが、自分がそれどころではなくなり有休。

体温は39.0度。しんどくて一刻も早く寝たくて、旦那に娘の世話をお願いしたかったのですが、この日は外せない仕事があるなどと言っていつも通り行ってしまったのです…

えっ、

そんなことってある?

39度超えの病人を、目を離したら何するかわからない2歳児とともに自宅放置する?

どんなやりとりをしたか今や記憶が曖昧ですが、正直突き放された気分でした。。

そこまでしてやる仕事って一体何?

私だって外せない仕事あったのに休まざるを得ないんだけど…

などと募る不満はあれど、目の前にいる2歳児を無視するわけにはいきません。こうして地獄のワンオペ育児が始まりました。

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この時娘は軽い風邪程度の症状で機嫌もよく体力があり余り、一方で私は39.5度に上がって朦朧としながら寝たい寝たいと呻いている状態。。

しかし私が世話するしかなく、オムツを替え、朝食を用意し、娘に靴下置き場や2階に意味もなく連れられたり、全く寝る隙がありませんでした。

しんどすぎる子連れ受診

熱が一向に下がらず、早くタミフルが欲しくて病院で検査しに行くのですがこれがまた地獄。

子連れで外出準備をし、朦朧としながらタクシーで総合病院へ。11時ごろ着くと内科は混みまくり。。座る場所がありません。

この病院は内科エリアの奥が小児科エリアとなっているため、娘が奥の小児科エリア(の絵本コーナー)に行きたがろうとします。でも今日は内科の受診だし、病み上がりの子供を病児がいるところに近づけたくないのでダメと言うと泣きまくられ…

それでも私がしんどさで目を離した隙にチョロチョロ歩いて行ってしまい、関節痛に耐えながら追いかけ連れ戻し、また泣き出す…この状態が2時間半続きました。気が遠くなる時間でした。

検査結果はやはりインフル陽性。知ってた。

午後、処方されたタミフルを飲んだあとソファで1時間ほど寝ました。朝起こされて以来、束の間の睡眠でした。その後は熱も37度台まで下がり、一人でもそこそこ娘の相手をすることができるようになりました。

寝てる間にいたずらはされてましたが…

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ワンオペ育児3日目でキレる

それから同じような娘と二人きりの日々が続き、ワンオペ育児3日目となる1月12日(木)を迎えたところで私が壊れかけました。

2歳娘は意思表示(~したい)が強くなり、承認欲求(見て見て)、親との連帯感(ママ来て)を求める場面も増え、0歳の頃とは違った意味での「娘の呼び出し」が増えました。

平時であればとても可愛らしいことなのですが、この日は特に凄まじく、私がどこにいようとあれしてこれしてとやってくるのです。

ひっきりなしなのでスマホでTwitterすらままなりません。もちろん家事だって溜まっていきます。どうしても今日やるべきタスクも消化できていません。会社のSlackも確認できない。

そんな中で娘があらゆるいたずらをします。ここ数日食欲がないせいか食べ物で遊び出し、屑がそこらじゅうに散乱します。注意しても聞く耳を持たず*1、なぜかうっかり飲み物をこぼします。

育児を始めてから結構広い心で構えられるようになっていたはずが、いくつかの条件*2が重なってくると凄くイライラし、叱る声が大きくなってきます。口調が荒くなり、終いには怒鳴り散らして泣かせていました。

コップの水が溢れた瞬間のことは、はっきりとは覚えていません。積もり積もった結果なので、ブチギレた理由はごく些細なことだったのだと思います。

これはまずい…そう思っていても止められず、一緒に遊んで笑っていた2秒後に頭に血が昇って怒鳴り、床(新築)を何度も叩きまくり*3、泣く娘の前で泣きかけました。

あの時の精神状態は今思うと異常でした。視界が狭まり、判断力が鈍っていく感覚を味わいました。

怒りの沸点が低くて、ちょっと何かあるだけで沸騰してしまう状態。

手こそ出していないものの、あれがエスカレートするとノイローゼという状態になるのだろうかと思いました。

少しずつ自分を取り戻す

その夜帰宅した旦那が私のただならぬ雰囲気を察し、その後の家事育児を全て担ってくれました。1人になれる時間がやっとできて、少しづつ氷解しいつもの自分に戻れた気がします。

インフルエンザで弱っている・子供はパワフル・旦那がいない・家事育児に忙殺…色々な条件が重なって、心身ともに疲れていたんだと思います。

娘も娘で、連日の自宅静養で外に行けないストレスが溜まっていたのかもしれません。翌日に治癒証明書を受け取り、公園で遊んでからは娘の呼び出しはほどほどになりました。

自分の精神状態についての当時の考察を貼っておきます。

まとめ

ちょうど次女が当時の長女の年齢なこと、コロナ禍におけるワンオペ育児が話題になっていることなどから、当時の記録を掘り起こしながら記事にまとめてみました。

平時はワンオペでなんとかなるからといって、あまり自分を過信しない方がいいなと思いました。。

最後に当時の自分の症状メモを記しておきます。

  • 1/9
    • 入浴後、熱っぽいことに気づく(23:45 38.0℃)
    • 次第に息が荒く、手足が寒くなる
    • 関節痛
  • 1/10
    • 8:20 39.5℃
    • 関節痛がさらにハッキリする
    • 朦朧とする中で受診。インフルエンザA型
    • タミフル飲んで2時間寝たら少し楽に(17:00 37.4℃)
    • 薬切れてくるとまた熱上がり辛くなる(20:00 38.6℃)
    • 電話越しに風邪声がバレる
  • 1/11
    • 10:00 37.5℃
    • 22:30 36.8℃やっと平熱に
    • 咳が出る
    • 関節痛は引いてきた
  • 1/12
    • 自分でも声が変だと感じる(いがらっぽいが唸って出せない範囲にある感じ)
    • 食欲ない
    • 咳が出る
  • 1/13
    • 8:30 36.4℃
    • 鼻詰まり
    • 普通に話していても音によって出る出ないがあり、声量を多くしないと出せず違和感
    • 受診。喉の薬とトローチもらう
    • 普通の定食の量を1時間かけて食べ切った。胃袋小さくなったかも?
  • 1/14
    • 11:15 36.5℃
    • 痰が出るようになり喉に常に残る違和感は減る
    • 声は相変わらず出る出ないにムラがある
    • 鼻水は色付きだが通りはよくなってきた
    • カレーやみかんが美味しく感じない
  • 1/15
    • まだ出にくい声がある
    • 食欲まあまあ
  • 1/16
    • 食欲回復
    • 喉は少しだけ出しにくいがあまり気にならない
  • 1/17
    • 喉も復活
    • 鼻水相変わらず

*1:ただ、食べ物で遊ぶのもままごとの一貫なようにも見受けられました。あとで冷静になってから思ったこと↓

*2:私の場合は「空腹」+「ベタつく液体をこぼされる」などがキレる要因となりやすい。

*3:当時は子供に当たらないように、壁や床をぶっ叩いて発散していた。ちなみに賃貸マンションのときもやっていた。