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NHKスペシャル「アナウンサーたちの戦争」感想

終戦記念日前日に放送されたNHKスペシャルのドラマ「アナウンサーたちの戦争」を、後日録画で見た。

とても面白かったのだが、見終わってすごくザラリとした後味の悪さを感じた。

番組情報

www.nhk.jp

放送日2023年8月14日 22:00-23:30
倉光泰子
演出一木正恵
音楽堤裕介
キャスト(敬称略)森田剛 橋本愛 高良健吾
浜野謙太 大東駿介 藤原さくら 中島歩
渋川清彦 遠山俊也 ╱古舘寛治 ╱安田顕 ほか

www6.nhk.or.jp

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「アナウンサーたちの戦争」感想(ネタバレあり)

本作の背景となった歴史や音声データなどはこちら参照。

www2.nhk.or.jp

声の持つ力を感じさせる演技

剛くんの役どころは本作の主人公、戦前の国民的アナウンサー・和田信賢。

見るまでは「剛くんがアナウンサー役?」とあまりピンと来なかったのだが、そんな心配は無用であった。毎度ながら剛くんのスッと入り込むような演技には魅了される。"中の人"は同じはずなのに"ガワ"はまるで違う。いや、"中の人"をまるで感じさせないと言ったほうが正しいのか…

テレビの実験放送を始めたばかりで、まだ家庭にテレビがなかった時代。声だけで「いま」を伝えるラジオの影響力は高かったことだろう。

どこか破天荒で、酒飲みで、一見変わり者のようにも見える和田。しかし野球や相撲などのスポーツ実況はもちろん、オフのときでも市井の人々の日常風景を見ながら実況するなどとにかく喋りに長ける。招魂祭の放送シーンは登場人物同様に固唾をのんで見てしまった。

後の妻となる新人アナウンサー・実枝子はそんな和田に次第に興味をもつが、やがて彼らは戦争の渦に巻き込まれていく…

戦争に飲まれるアナウンサーたち

戦争を機に設立された情報局が、放送にも干渉するようになる。実枝子が原稿を読み上げていると、団結して士気を高めていこうってときに女の声など要らんと圧力をかけてくる。

その場は和田が諌めたものの、これをきっかけに「淡々と読むべきか」「扇動的に読むべきか」とアナウンサー内でも意見が割れていく。

www2.nhk.or.jp

そんな中、館野守男アナが伝えた太平洋戦争開戦の臨時ニュース。これまでにない、語気を強めた話し方は周囲の好評を得て、和田も館野もいわゆる「雄叫び調」で戦況を伝えていくようになる。軍歌を流し、拳を震わせ、「玉砕」などという強い言葉も使い出す。川添照夫アナは「国民に憎しみを植え付けるなんて恐ろしい」と異を唱えるが、そのような声もかき消されてしまう。

すっかり国中が戦意高揚している頃。「電波戦」に向かう同僚をめでたいめでたいと見送る和田に、実枝子の言葉がチクリと刺さる。「和田さんの声を聞くことが好きでした。でも、変わりましたね…」

やがて和田は館野と伝え方をめぐって対立することとなる。実は日本は劣勢らしいのだが、こちらも「電波戦」で外国に嘘情報を流している手前、何が真実かわからない。「国民一丸となるためにブレない言葉で伝え続けなくては」と言う館野に対し、「信用のない言葉ほど惨めなものはない」と言い捨てる和田。

真実を知ろうとするも難航し、苦悩する和田を再び立ち上がらせたのは、妻となった実枝子だった。

学徒出陣、雨の中の慟哭

「虫眼鏡で調べて、望遠鏡で喋る」自身のモットーに立ち返り、和田は野球に励む学生たちに会いに行く。彼らは学徒出陣で学業半ばにして兵役に就く者たちだった。

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戦争に向かうことについて「光栄です!」「明日にでも行きますよ!」と盛り上がる一同だったが、「戦争は殺し合いをするところだよ…君たちの本心が聞きたい。」と和田が言うと、彼らは誰にも言えなかった本当の気持ちを吐露し始めた。

嫌だ。死にたくない。親に恩返しできてない。研究者になりたかった。和田のようなアナウンサーになりたかった。たくさんの本音が溢れ出る…。

和田はそんな思いに触れ、出陣学徒壮行会の実況用原稿が書けず、苦悩して、苦悩して、酒をあおりながらなんとか無理矢理書き上げる。

しかし壮行会当日、いたたまれなくなった和田は後輩の志村正順アナに原稿を託してその場を去ってしまう。降りしきる雨の中、出陣学徒のことを思いながら和田は「実況」する。マイクに乗せられない思いを、歓声と雨音にかき消されそうになりながら和田は叫ぶ。

「彼らはもう二度と!ここには帰ってこないのであります!!」

ここはホントに見ていて辛かった…。夢を諦め戦地に赴かなくてはならなかった学徒たちの無念を思うと、言葉が出ない。そして和田も、自分の言葉が戦争扇動に加担したことを悔やむようでとても痛々しかった。

ゾワッとするラストシーン

やがて終戦を迎え、和田は玉音放送を担当する。空襲でボロボロになった日本は、少しずつ復興に向けて歩もうとする。

エンドロールが流れる中、和田は後のヘルシンキオリンピックの実況後パリで客死する、とテロップが出る。ここで綺麗に終わるのかと思いきや、決してそうではなかった。

和田と実枝子の前に現れた見知らぬ子供が、無表情で「大本営発表…」とつぶやく。それを目の当たりにした和田がなんとも言えぬ複雑な表情をしたまま暗転。番組は終了するのだ。なんとも後味悪い終わり方である…

この子供、ドラマ中盤で友達と「最後まで戦い玉砕せよ!」と言いながら遊んでいた子と同じ人物*1だ。あのときは和田もどこか満足そうな表情を浮かべていたものだが、今は絶句している。してしまった事の重大さと罪深さを突きつけられるラストシーンだった。

まとめ

和田のカリスマ性ある佇まい、雄叫び調で戦意を煽る放送、何が真実かわからず苦悩する様子、学徒出陣の裏で叫ぶ姿、そしてラストシーンの表情と、剛くんの演技が凄まじかった。

言葉で民衆を扇動するやり方って現代社会でも充分通用するわけで…。戦時下のアナウンサーたちの葛藤を描くことで、言葉のもつ力の恐ろしさをあらためて感じた。

*1:演者は同じだが、役が同じかどうかは明言されていない。シーン前後で数年経っているはずだが見た目は同じなので、他人の空似か、故人の霊か、解釈は様々だと思う。